さりげなくニュース2010.3.14
我が国の予算案が通った。これで経済の歯車は動き出す。だんだんと気前が良くなるような数字が並んでいる。税収は37兆円、対する不足分である国債は44兆円であった。小泉政権時代は、絶対に30兆円は越えませんと自らに制限を課していた姿が強く印象に残る。
我が国の政府借金である国債は、ほとんどが自国でまかなっているもので危険はないと言われている。諸外国の高利貸しや紐付き借金ならば、それは国賊者であろうが、そうではないと言われている。アメリカのように決済通貨として機能しているドルの国の強みは当然無い。
アメリカは累積でGDP比350%である。それに近い国債発行高が227%(IMFによる)が我が国の債務である。(財務省による普通国債と財投債の累計は、GDPの約133%)。個人金融資産が1,400兆円あるから毎年50兆ベースで国債を発行し続けても、まだ10年は大丈夫である。
国としての蓄えがなくなったらどうするのだろうかとは、誰の脳裏にもよぎる考えである。まずどうしても借金をし続けるためには、国債を買ってもらうために国債の利子を上げることをせざるを得ない。誰も買ってくれなければ、利子はますます高くなる。もう利子の支払いで国家予算はアップアップの状態になる。そこでカリフォルニア州のように公務員の給与遅配ということも起こりかねない。
次に国の行動として考えられることは、税負担を国民に強いることである。次いで年金の減額に手をつけることになる。
破綻しそうな国家の軌跡は現在のギリシャの歩む道筋を観察することにより十年後の我が国の参考になりえるはずだ。ギリシャはEU加盟国である。現在EUに救済を願い出ている。EUの金主はドイツである。ドイツの本音としては、こんな外国のためにドイツの納税者がなんで尻拭いをしなければならないんだ、といった思いである。ギリシャなんか捨て身のやんぱちで、EUが助けてくれないなら我々はIMFに救済を願い出るまで、と居直る。ドイツの不安は、このまま地中海クラブに3兆ユーロもの無制限な保証を続けざるを得ない桎梏なのかもしれない。
ギリシャにとって頼みの綱であるドイツを悪し様に罵る副首相の姿がBBCで取り上げられた。ナチ占領下で30万人の死者を出し、それに金を奪ったが未だに返してもらってはいない。ドイツは経済取引については、文句を言える筋合いでなんか無い。(telegraph :24 Feb 2010 by A E Pritchard)
ギリシャ問題は3月16日に開かれるEU財務省会議で話し合われる予定だ。個々では、ギリシャの緊縮財政の圧力がドイツを中心に強く打ち出される模様だ。先頃のゼネストは、緊縮財政に反対して官民が立ち上がり機動隊と激突してデモ隊側は「銀行を焼き討ちにせい」と気勢を上げた。
24時間ストは汽車、飛行機、船を止め学校、病院を閉鎖した。2008年12月28日号でも触れたように高学歴の若者が「600ユーロ世代」(約7万円)と呼ばれ貧困の中に喘いでいる。デモが起こらないほうがどうかしている。
我が国の状況も、のそりのそりとベイルアウト(bail out)救済への女神にほほえまざるをえなくなるのではないか。破綻は天災ではなく、その時々の人的資源の質の問題だとの指摘がある。それは、政治家のみならず国民の質のレベルの関数に違いない。